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広島地方裁判所 平成5年(ワ)1575号 判決 1996年12月25日

平成五年(ワ)第八七二号事件原告兼同年(ワ)第九二九号事件原告兼

同年(ワ)第九三〇号事件原告兼同年(ワ)第九三一号事件原告(以下「原告」という。)

亡面田満子訴訟承継人

面田昌子

平成五年(ワ)第一五七三号事件原告兼同年(ワ)第一五七四号事件原告(以下「原告」という。)

筒井精器株式会社

右代表者代表取締役

河村治信

平成五年(ワ)第一五七五号事件原告(以下「原告」という。)

株式会社ユー・ディー・アール

右代表者代表取締役

筒井三郎

右三名訴訟代理人弁護士

院去嘉晴

平成五年(ワ)第八七二号事件被告兼同年(ワ)第一五七三号事件被告(以下「被告」という。)

住友海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

小野田隆

平成五年(ワ)第九三一号事件被告(以下「被告」という。)

三井海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

松方康

平成五年(ワ)第九三〇号事件被告兼同年(ワ)第一五七四号事件被告(以下「被告」という。)

東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

五十嵐庸晏

平成五年(ワ)第九二九号事件被告兼同年(ワ)第一五七五号事件被告(以下「被告」という。)

エイアイユーインシュアランスカンパニー

右代表者代表取締役

トーマス・アール・テイジオ

日本における代表者

吉村文吾

右四名訴訟代理人弁護士

鳴戸大二

小田誠裕

主文

一  被告住友海上火災保険株式会社は、原告筒井精器株式会社に対し、金七八万円及びこれに対する平成五年四月二六日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告面田昌子の被告住友海上火災保険株式会社、同三井海上火災保険株式会社、同東京海上火災保険株式会社、同エイアイユーインシュアランスカンパニーに対する請求をいずれも棄却する。

三  原告筒井精器株式会社の被告住友海上火災保険株式会社に対するその余の請求及び被告東京海上火災保険株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

四  原告株式会社ユー・ディー・アールの被告エイアイユーインシュアランスカンパニーに対する請求を棄却する。

五  訴訟費用は、原告面田昌子と被告住友海上火災保険株式会社、同三井海上火災保険株式会社、同東京海上火災保険株式会社、同エイアイユーインシュアランスカンパニーとの間に生じたものは原告面田昌子の負担とし、原告筒井精器株式会社と被告住友海上火災保険株式会社との間に生じたものは、その三分の一を原告筒井精器株式会社の負担とし、その余は被告住友海上火災保険株式会社の負担とし、原告筒井精器株式会社と被告東京海上火災保険株式会社との間に生じたものは原告筒井精器株式会社の負担とし、原告株式会社ユー・デイー・アールと被告エイアイユーインシュアランスカンパニーとの間に生じたものは原告株式会社ユー・ディー・アールの負担とする。

六  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  平成五年(ワ)第八七二号事件

被告住友海上火災保険相互会社(以下「被告住友海上」という。)は、原告面田昌子(以下「原告昌子」という。)に対し、二一四万五〇〇〇円及びこれに対する平成五年四月二六日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  平成五年(ワ)第一五七三号事件

被告住友海上は、原告筒井精器株式会社(以下「原告筒井精器」という。)に対し、二一四万五〇〇〇円及びこれに対する平成五年四月二六日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。

3  平成五年(ワ)第九三一号事件

被告三井海上火災保険株式会社(以下「被告三井海上」という。)は、原告昌子に対し、二七六万円及びこれに対する平成五年四月二六日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。

4  平成五年(ワ)第九三〇号事件

被告東京海上火災保険株式会社(以下「被告東京海上」という。)は、原告昌子に対し、一三八万円及びこれに対する平成五年四月二六日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。

5  平成五年(ワ)第一五七四号事件

被告東京海上は、原告筒井精器に対し、一三八万円及びこれに対する平成五年四月二六日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。

6  平成五年(ワ)第九二九号事件

被告エイアイユーインシュアランスカンパニー(以下「被告エイアイユー」という。)は、原告昌子に対し、九二万円及びこれに対する平成五年四月二六日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。

7  平成五年(ワ)第一五七五号事件

被告エイアイユーは、原告株式会社ユー・ディー・アール(以下「原告ユー・ディー・アール」という。)に対し、九二万円及びこれに対する平成五年四月二六日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。

8  各事件につき

(一) 訴訟費用は被告の負担とする。

(二) 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(各事件につき)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告住友海上との保険契約(平成五年(ワ)第八七二号事件、同年(ワ)第一五七三号事件)

原告筒井精器は、平成四年一二月二日、被告住友海上との間で、次の内容のデラックス傷害保険契約(以下「本件1の保険契約」という。)を締結した。

(一) 保険期間 平成四年一二月二日から一年間

(二) 被保険者 亡面田満子(以下「満子」という。)

(三) 死亡保険金受取人 原告筒井精器

(四) 保険金額

(1) 死亡・後遺障害 五〇〇〇万円

(2) 傷害による入院に対する保険金日額 一万五〇〇〇円

(3) 同通院による保険金日額 一万円

(4) 交通事故の傷害による死亡・後遺傷害 五〇〇〇万円

(5) 賠償責任 三〇〇〇万円

(五) 保険料月額 一万二八三〇円

2  被告三井海上との保険契約(平成五年(ワ)第九三一号事件)

(一) 原告ユー・ディー・アールは、平成四年一二月二八日、被告三井海上との間で、次の内容の普通傷害保険契約(以下「本件2(一)の保険契約」という。)を締結した。

(1) 保険期間 平成四年一二月二八日から一年間

(2) 被保険者 満子

(3) 死亡保険金受取人 原告ユー・ディー・アール

(4) 保険金額

① 死亡・後遺障害 一億円

② 傷害による入院に対する保険金日額 二万円

③ 同通院による保険金日額 一万二〇〇〇円

(5) 保険料月額 一万五五二〇円

(二) 原告筒井精器は、平成五年一月六日、被告三井海上との間で、次の内容の普通傷害保険契約(以下「本件2(二)の保険契約」という。)を締結した。

(1) 保険期間 平成五年一月六日から一年間

(2) 被保険者 満子

(3) 死亡保険金受取人 原告筒井精器

(4) 保険金額

① 死亡・後遺障害 五〇〇〇万円

② 傷害による入院に対する保険金日額 一万円

③ 同通院による保険金日額 八〇〇〇円

(5) 保険料月額 七九五〇円

3  被告東京海上との保険契約(平成五年(ワ)第九三〇号事件、同年(ワ)第一五七四号事件)

原告筒井精器は、平成五年一月一二日、被告東京海上との間で、次の内容の普通傷害保険契約(以下「本件3の保険契約」という。)を締結した。

(一) 保険期間 平成五年一月一二日から一年間

(二) 被保険者 満子

(三) 死亡保険金受取人 原告筒井精器

(四) 保険金額

① 死亡・後遺障害 五〇〇〇万円

② 傷害による入院に対する保険金日額 一万五〇〇〇円

③ 同通院による保険金日額 五〇〇〇円

(五) 保険料年額 九万四九二〇円

4  被告エイアイユーとの保険契約(平成五年(ワ)第九二九号、同年(ワ)第一五七五号事件)

原告ユー・ディー・アールは、平成五年一月一三日、被告エイアイユーとの間で、次の内容の普通傷害保険契約(以下「本件4の保険契約」という。)を締結した。

(一) 保険期間 平成五年一月一三日から一年間

(二) 被保険者 満子

(三) 死亡保険金受取人 原告ユー・ディー・アール

(四) 保険金額

① 死亡・後遺障害 五〇〇〇万円

② 傷害による入院に対する保険金日額 一万円

③ 同通院による保険金日額 五〇〇〇円

(五) 保険料月額 九七七〇円

5  本件第一、第二事故の発生

(一) 満子は、平成四年一二月一四日、広島市東区牛田本町四丁目八番八号の三階建アパートの三階の自室入口で転倒して、頭部を強打して失神し、意識を取り戻してふらふらしながら、右自室前の廊下の二階に至る階段を下りようとして二階に転落し、後頭部血腫、右下腿挫創、全身打撲症等の傷害を負って、同日、広島市東区牛田本町三丁目六番四号医療法人社団聖愛会牛田病院に入院し、平成五年二月三日まで五二日間、治療を受けた(以下「本件第一事故」という。)。

(二) 満子は、平成五年二月三日、所用があって前記アパートに帰り、また病院に戻るべく、前記自室前の廊下から二階に至る階段を下りようとして、再び二階に転落し、次のとおり傷害を負って入院し、治療を受けた(以下「本件第二事故」という。)。

(1) 広島大学医学部附属病院

傷病名 顔面、頸部外傷(前額部、頸部裂創)

入院期間 平成五年二月三日から同月八日まで六日間

(2) 宮本形成外科

傷病名 顔面挫創、顔面骨折、顔面皮膚欠損

入院期間 平成五年二月八日から同年三月二二日まで四三日間

(3) 島外科

傷病名 頭部外傷、頸椎捻挫、顔面瘢痕

入院期間 平成五年三月二二日から同年四月二五日まで三五日間

6  被告住友海上に対する保険金

(平成五年(ワ)第八七二号事件)

(一) 被告住友海上は、本件1の保険契約の傷害保険普通保険約款(以下「約款」という。)第七条により、前記5(一)、(二)の入院日数合計一三三日に対する保険金一九九万五〇〇〇円を満子に支払う義務がある。

(二) 満子は、平成五年二月八日、宮本形成外科において、前記傷害の治療のため、鼻骨骨折整復術(鼻骨観血手術)を受けたが、被告は、約款第七条第三項別表五の一九により鼻骨観血手術の場合、入院保険金日額に一〇倍を乗じた金額を手術保険金として支払う旨約定しているので、その金額は一五万円となる。

(平成五年(ワ)第一五七三号事件)

(一) 被告住友海上は、本件1の保険契約の約款第七条、法人契約特約条項により、前記5(一)、(二)の入院日数合計一三三日に対する保険金一九九万五〇〇〇円を原告筒井精器に支払う義務がある。

(二) 満子は、平成五年二月八日、宮本形成外科において、前記傷害の治療のため、鼻骨骨折整復術(鼻骨観血手術)を受けたが、被告は、約款第七条第三項別表五の一九、法人契約特約条項により鼻骨観血手術の場合、入院保険金日額に一〇倍を乗じた金額を手術保険金として支払う旨約定しているので、その金額は一五万円となる。

7  被告三井海上に対する保険金(平成五年(ワ)第九三一号事件)

(一) 被告三井海上は、本件2(一)、(二)の保険契約の約款第七条により、前記5(二)の入院日数合計八二日に対する保険金を、前記2(一)の契約分として一六四万円、同(二)の契約分として八二万円、合計二四六万円を満子に支払う義務がある。

(二) 満子は、平成五年二月八日、宮本形成外科において、前記傷害の治療のため、鼻骨骨折整復術(鼻骨観血手術)を受けたが、被告三井海上は、約款第七条第三項別表五の一九により鼻骨観血手術の場合、入院保険金日額に一〇倍を乗じた金額を手術保険金として支払う旨約定しているので、その金額は、本件2(一)の契約分として二〇万円、同(二)の契約分として一〇万円となる。

8  被告東京海上に対する保険金

(平成五年(ワ)第九三〇号事件)

(一) 被告東京海上は、本件3の保険契約の約款第七条により、前記5(二)の入院日数合計八二日に対する保険金一二三万円を満子に支払う義務がある。

(二) 満子は、平成五年二月八日、宮本形成外科において、前記傷害の治療のため、鼻骨骨折整復術(鼻骨観血手術)を受けたが、被告東京海上は、約款第七条第三項別表五の一九により鼻骨観血手術の場合、入院保険金日額に一〇倍を乗じた金額を手術保険金として支払う旨約定しているので、その金額は一五万円となる。

(平成五年(ワ)第一五七四号事件)

(一) 被告東京海上は、本件3の保険契約の約款第七条、法人契約特約条項により、前記5(二)の入院日数合計八二日に対する保険金一二三万円を原告筒井精器に支払う義務がある。

(二) 満子は、平成五年二月八日、宮本形成外科において、前記傷害の治療のため、鼻骨骨折整復術(鼻骨観血手術)を受けたが、被告は、約款第七条第三項別表五の一九、法人契約特約条項により鼻骨観血手術の場合、入院保険金日額に一〇倍を乗じた金額を手術保険金として支払う旨約定しているので、その金額は一五万円となる。

9  被告エイアイユーに対する保険金

(平成五年(ワ)第九二九号事件)

(一) 被告エイアイユーは、本件4の保険契約の約款第七条により、前記5(二)の入院日数合計八二日に対する保険金八二万円を満子に支払う義務がある。

(二) 満子は、平成五年二月八日、宮本形成外科において、前記傷害の治療のため、鼻骨骨折整復術(鼻骨観血手術)を受けたが、被告は、約款第七条第三項別表五の一九により、鼻骨観血手術の場合、入院保険金日額に一〇倍を乗じた金額を手術保険金として支払う旨約定しているので、その金額は一〇万円となる。

(平成五年(ワ)第一五七五号事件)

(一) 被告エイアイユーは、本件4の保険契約の約款第七条、法人契約特約条項により、前記5(二)の入院日数合計八二日に対する保険金八二万円を原告ユー・ディー・アールに支払う義務がある。

(二) 満子は、平成五年二月八日、宮本形成外科において、前記傷害の治療のため、鼻骨骨折整復術(鼻骨観血手術)を受けたが、被告は、約款第七条第三項別表五の一九、法人契約特約条項により、鼻骨観手術の場合、入院保険金日額に一〇倍を乗じた金額を手術保険金として支払う旨約定しているので、その金額は一〇万円となる。

10  満子は、平成八年三月一八日死亡した。満子の妹の原告昌子は、広島家庭裁判所に対し限定承認の申述をし、受理されたので、同原告が訴訟を承継した。満子の子二名及び満子の妹一名、弟二名は相続を放棄した。

11  よって、原告らは、被告らに対し、本件各保険契約に基づき請求の趣旨記載のとおりの金員の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし4の各事実は認める。

2  同5は知らない。

3  同6ないし9は争う。

4  同10は認める。

三  被告らの抗弁

1  告知義務違反、重複保険契約に関する通知義務違反による解除

本件各保険契約は、平成四年一二月二日から平成五年一月一八日の間に相前後して契約しており、約款第一〇条(告知義務)及び第一二条(重複保険契約に関する通知義務)に違反するものである。そこで、被告らは、満子、原告筒井精器及び同ユー・ディー・アール(以下、両社を「原告会社ら」という。)に対し、平成五年四月一日付け書面をもって、自己の締結した本件保険契約を解除する旨の意思表示をし、右書面は同月二日満子及び原告会社らに到達した。

したがって、被告らは、約款第一〇条四項、第一八条四項により、満子及び原告会社らに対して保険金を支払う義務はない。

2  故意の受傷による免責

本件各保険契約には、保険契約者又は被保険者の故意によって生じた傷害については保険金を支払わない旨の約定があるところ、本件第一、第二の各事故は、満子が故意に生じさせたものであるから、保険金を支払う義務はない。

3  約款第九条一項は「被保険者が第一条の傷害を被ったとき、すでに存在していた身体の傷害もしくは疾病の影響により、又は第一条の傷害を被った後にその原因となった事故と関係なく発生した傷害もしくは疾病の影響により第一条の傷害が重大となったときは、当会社はその影響がなかった場合に相当する金額を決定してこれを支払います。」と規定しており、本件第一事故の入院中に他の事故を生じ、傷害を重大ならしめたということができる。したがって、被告住友海上は、仮に本件第一事故による傷害につき保険契約による支払義務があるとしても、本件第二事故については支払義務はない。

4  法人契約特約条項

約款の法人契約特約のある被告住友海上、同東京海上、同エイアイユーとの保険契約については、被保険者である満子には請求権がない。

四  抗弁に対する認否

争う。

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1ないし4の各事実(本件各保険契約の締結)は当事者間に争いがない。

二  証拠(乙一六ないし一九、満子本人)によれば、次のとおり認められる。

1  満子は、平成四年一二月一四日午後三時過ぎころ、広島市東区牛田本町四丁目八番八号の木造三階建アパートの三階の自室入口前踊り場及び三階から二階に至る階段で負傷し、広島市東区牛田本町の牛田病院で頭部外傷、右下腿挫創、両足擦過傷、全身打撲傷、頸椎捻挫と診断され、右下腿挫創縫合術を受け、同日入院し、平成五年二月三日まで治療を受けた。

2  満子は、平成五年二月三日午前一〇時ころ、前記アパートの三階から二階に至る階段で負傷し、広島大学医学部附属病院で、顔面裂傷、挫滅創、前額部に七センチメートル大の裂傷、下顎部裂傷、鼻中膈骨折と診断され、同月八日まで入院して、治療を受けた。

同病院皮膚科で創傷処置と皮膚縫合術が施行された。鼻中膈骨折については、外鼻の変形はなく、経過観察とされた。頭部CTの結果、特に問題はなかった。全身麻酔後に右肺気胸が認められたが、保存治療で改善された。

3  同年二月八日宮本形成外科へ転院し、顔面挫創、顔面骨折、顔面皮膚欠損と診断され、同日から同年三月二二日まで入院し、治療を受けた。

4  同年三月二三日、宮本形成外科から島外科に転院し、頭部外傷、頸椎捻挫、顔面瘢痕の診断を受け、同日から同年四月二五日まで島外科に入院し、治療を受けた。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  被告らの本件各保険契約の解除の主張について判断する。

1  証拠(乙一、二、一三ないし一五)によれば、被告らの代理人弁護士鳴門大二は、満子及び原告会社らに対し、平成五年四月一日付け内容証明郵便をもって、「本件1ないし4の各保険契約及び被告住友海上との平成五年一月一八日の保険契約は、約款第一〇条の告知義務及び約款第一二条の重複保険契約に関する通知義務に相互に違反してなされた契約であり、満子及び原告会社らは、被告らに対し、書面をもって重複保険契約の締結の事実を申し出ていない。したがって、約款第一〇条及び第一八条により右各保険契約を解除する。」旨の意思表示をし、右郵便は、満子に同月三日、原告会社らに同月二日それぞれ到達したことが認められる。

2  証拠(乙五、七、九、一二)によれば、次のとおり認められる。

(一)  約款には、保険契約締結の際、保険契約者、被保険者又はこれらの者の代理人が故意又は重大な過失によって、保険契約申込書の記載事項について、保険者に知っている事実を告げず、又は不実のことを告げたときは、保険者は、書面により保険証券記載の保険契約者の住所にあてた通知をもって、この保険契約を解除することができ(第一〇条一項)、右解除が傷害の生じた後になされた場合でも、保険者は保険金を支払わない(同条四項)定めがある。そして、保険契約申込書では、「他の保険契約」の項目が設けられているが、身体の傷害に対して保険金を支払うべき他の保険契約又は特約(以下「重複保険契約」という。)に関する事項については、保険者の危険測定に関係があるか否かを問わず、告知義務が課されている(同条三項但書)。

(二)  約款には、保険契約締結の後、保険契約者、被保険者又はこれらの者の代理人は、重複保険契約を締結するときはあらかじめ、又は重複保険契約があることを知ったときは遅滞なく、書面をもってその旨を保険者に申し出て、承認を請求しなければならず(第一二条)、保険者は、重複保険契約の事実があることを知ったときは、その事実について承認請求書を受領したと否とを問わず、書面により保険証券記載の保険契約者の住所にあてた通知をもって、この保険契約を解除することができ(第一八条一項)、右解除をした場合には、重複保険契約の事実が発生した時以降に生じた事故による傷害に対しては、保険者は、保険金を支払わない(同条四項)との定めがある。

以上のとおり認められ、右認定に反する証拠はない。

3 ところで、約款が、傷害保険の締結に際し、保険契約者又は被保険者に対し、重複保険契約の事前の告知義務を定め、また事後の重複保険契約の通知義務を定めた趣旨についてみるに、重複保険の締結は一般に保険契約者による保険事故の招致や保険事故発生の偽装などによる不正の請求の誘因となり、その危険を増大させるおそれがあることに鑑み、当該保険契約締結の前後に重複保険契約に関する情報を開示させることにより、保険者が、このような道徳的危険の強いものかどうかを考慮して、当該保険契約の諾否や解除の判断をすることができるようにする趣旨であると考えられる。

他方、約款が契約当事者の知、不知を問わず、約款によらない旨の特段の合意がない限り、これが当然に契約内容となって当事者を拘束することなどに鑑みると、約款の規定があるからといってその契約上の効果を無条件に認めることは、一般の保険契約者に対して、社会通念に照らし相当性を欠く不利益を与えるものであって、当を得ないものと考えられる。

右のような観点からすると、保険契約者等の故意又は重大な過失による重複保険の告知義務違反又は通知義務違反があれば、保険者は保険契約を解除することができるが、その不告知又は不通知が不正な保険金取得の目的に出た場合をはじめ、不告知又は不通知を理由として保険契約を解除することが、保険者による解除権の濫用とならないと認められる場合に限ってその効力を認めるのが相当である。

4  そこで、本件各保険契約の締結の経緯等について検討する。

証拠(乙二二、二四ないし二七、証人岩政きよ、同中村力三、同岡田篤嗣、同浜竹明久、同〓水尾邦浩、筒井三郎代表者、満子本人)によれば、次のとおり認められる。

(一)  保険契約者等について

(1) 満子は、昭和四五年二月明治生命保険相互会社に入社し、保険外務員として約二三年間勤務して、平成四年七月二五日退職した。退職後も嘱託社員として引き続き勤務していた。

満子は、平成二年二月に離婚し、財産分与として三九〇〇万円を得たが、父親の借金二九〇〇万円の返済に充てた。

(2) 原告筒井精器は、交通量測定器の製造、販売、衣料品、化粧品の販売等を業としている会社であるが、その他に損害保険代理業、自動車損害賠償保障法に基づく保険代理業を事業目的としており、被告住友海上の代理店の仕事をしていた。

原告ユー・ディー・アールは、事務用品の製造、販売、衣料品の販売、不動産の売買、仲介業務等を業とする会社である。

筒井三郎(以下「筒井」という。)は、当時、原告会社らの代表取締役をしており、筒井は、保険代理店になるため、試験、講習会等受けて、初級と普通の代理店資格を取得した。原告会社らには、筒井社長以外に満子ら四人の社員がいた。

(3) 満子は、明治生命保険相互会社に在職当時、筒井と知り合い、交際を続けていた。

(4) 原告ユー・ディー・アールは、平成四年七月一一日から市内流川町にスタンドバーと碁会所をセットにした居酒屋「ユー・ディー・アール」を開店した。満子は、退職金一八〇〇万円の中から四〇〇万円を出資し、その営業を任された。しかし、店の売上げは悪く、当初の囲碁教室をカラオケ教室などに変えたりしたが、営業の不振が続いた。

(5) 原告筒井精器の東京店は経営が困難になって、平成四年一〇月ころ閉鎖した。原告筒井精器の平成四年の長期借入金は、八七〇〇万円余であり、そのうち返済を急ぐ借入金が約三〇〇〇万円あった。

原告筒井精器の十日市店も販売不振のため、平成五年二月閉店せざるを得なくなり、また、取引先のHM精密電工が不渡りを起こして、貸倒れが生じた。その合計額は四七九〇万円であった。

(二)  被告住友海上関係その一

(1) 被告住友海上広島支店の浜竹明久(以下「浜竹」という。)は、平成四年一一月三〇日、被告住友海上の代理店をしている原告筒井精器の筒井社長から、「従業員の面田満子にできるだけ高額な傷害保険を契約したい。自分は、彼女の保証人になっており、この女性は、元生命保険の外務員をしていたのだが、どんなことを言って保険を勧誘しているか分からず、何かトラブルがあったら困るので会社契約の保険を付けたい。」と言われ、「以前、社長のお父さんが契約していた保険と同じのでいいですか。」と聞くと、「それでいい、すぐ手続をしてくれ。」と言われた。

(2) そこで、浜竹は、同年一二月二日、ユーディーアールに契約書を持って行き、本件1の保険契約の契約手続をした。筒井が「契約者と保険金の受取人は会社にしてくれ。」と言うので、浜竹は、「以前電話で面田さんから保険料を預かっていると言われましたけど、本人が保険料を負担されるんじゃないんですか。」と尋ねると、筒井は、「本人から預かったお金は他に回したので、会社の方から支払うのだ。」と言った。

(三)  被告三井海上関係

(1) 被告三井海上の代理店の営業担当者は、平成四年一二月二八日、筒井の自宅で本件2(一)の保険契約手続をした。その際、筒井から、前記住友海上の保険契約締結の事実は告知がなかった。また、満子が本件第一事故により傷害を負い、入院治療を受けている事実は話がなかった。

(2) 被告三井海上の代理店の営業担当者〓水尾は、平成五年一月六日、筒井から「前回お宅で契約してもらった満子の保険をもう二口頼む。一件は契約者を原告筒井精器、もう一件は筒井名義にしてくれ。」と言われた。前回の死亡保険金が一億円で、今回の二口を合わせると三億円になるので、〓水尾が、「ずいぶん高額な契約ですね。なぜ必要なのですか。」と聞くと、筒井は、「自分は面田満子の保証人になっており、彼女に万一の事があったら自分に負担がかかるので、その保証として面田に高額な保険をつけておくのだ。」と言った。

被告三井海上は、同月一一日、筒井が契約者となる分は引受を断ること及び原告筒井精器の契約は死亡後遺障害五〇〇〇万円、入院日額一万円に抑えれば受けることとし、その旨を筒井に伝え、筒井もこれを了承した。

(3) 契約申込みの際、筒井に対し「お宅は今でも住友の代理店をされているのでしょう。」と聞くと、「やっている。住友にも同じ契約をしているが、保険金額は覚えていない。」と言ったが、代理店の担当者は、それ以上質問しなかった。満子が本件第一事故で傷害を負い、入院している事実は告知がなかった。

(四)  被告東京海上関係

平成五年一月一〇日、原告筒井精器の社員である岩政きよ(以下「岩政」という。)は、筒井の指示を受けて、被告東京海上広島支社に行き、満子に傷害保険を付けたい旨の申し出をした。理由は、満子は、仕事上よく外へ出ることがあるので、万が一事故で負傷したときに備え、会社で特に傷害保険を付けておきたいとのことであった。保険金額はできるだけ高額にしたいとの申し出であった。これを受けて、同支社の担当者は契約手続を進めた。

重複保険があることについて一切話はなかったので、当然重複保険はないものとして引き受けた。また、その際、満子が入院治療中であることは聞かなかった。

(五)  被告エイアイユー関係

平成五年一月一三日、被告エイアイユー広島支店に原告ユー・ディー・アールから傷害保険を契約したいので、担当者をよこしてもらいたいとの電話が入った。同支店の岡田篤嗣(以下「岡田」という。)はユー・ディー・アールの店に行き、筒井から指示を受けていた岩政と面談し、普通傷害と交通傷害のパンフレットを見せて、それぞれの保険の特徴を簡単に説明した。岩政は、どのような怪我でも対象となる方がいいから、普通傷害にする、保険金額は五〇〇〇万円にしてくれと言った。岡田が「あなたが加入されるのですか。」と尋ねると、岩政が「面田満子という従業員につけたいんよ。」と言うので、さらに「なぜ従業員にこのような高額な契約が必要なのですか。」と聞くと、岩政は、「この社員は、非常に高価な商品を扱っており、万一、怪我でもして取引が無効になったら会社に損害が生じるので、その補填をするために会社が契約するのです。」と言った。岡田は、上司と連絡の上、入院保険金を一万円に抑えれば引き受けてもよいとの指示を受けたので、その指示に従って、さらに岩政に説明し、本件4の保険契約手続をした。

申込書に記入する際、岩政が被保険者の署名欄に面田満子と記入し、面田印を捺印したので、岡田は、「面田さんはおられないのですか。」と尋ねると、岩政は、「本人は今ちょっと出ているんよ。」と言った。法人契約について、「会社受け取りでいいんですね。」と聞き、岩政も了承した。

岡田は、右申込手続の際、被告三井海上ともう一社に各五〇〇〇万円の保険があると岩政から聞いたが、満子が本件第一事故により怪我をして、入院治療中であることは聞かなかった。

(六)  被告住友海上関係その二

平成五年一月一八日、被告住友海上は、原告筒井精器との間で、契約期間を同日から一年間、被保険者を満子、保険金受取人を原告筒井精器、保険金額を死亡後遺障害三〇〇〇万円、保険料月額三四四〇円とする普通傷害保険契約(以下「訴外保険契約」という。)を締結した。その経緯は次のとおりである。

被告住友海上広島支店の浜竹は、平成五年一月一一日、筒井から満子が平成四年一二月一四日負傷した事実の報告を受けた。事故後約一か月経過していたことから、浜竹は、「契約の際にはあれだけせかせといて、契約日から間がない事故の連絡日がこんなに遅いのは不自然ではないですか。」と問いただした。筒井は、「面田さんの家族の方が動揺していたし、落ちついてからにしようと考えていた。」と答えて、「こういう事故が起こると心配なので、面田さんの契約を増額したい。」と申し入れた。浜竹は、「今の契約は引受け限度額一杯ですから、これ以上は無理ですよ。」と言って、断ったが筒井が「なんとかならないか。」と言うので、翌日、死亡後遺障害三〇〇〇万円だけの引受け申請書を出して、同月一八日支店長の決裁を得た。

(七)  満子は、本件各保険契約について被保険者になることは承諾していた。法人特約についても承諾していた。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

5 右認定事実をもとに検討するに、原告筒井精器は損害保険代理業務を営んでおり、筒井はその代表取締役であったこと、満子も長年にわたって保険会社の外務員をしていたことは前記認定のとおりであり、これらの事実及び前記1、4の認定事実を総合すると、次のとおり認めるのが相当である。

原告会社ら代表取締役の筒井及び満子は、本件1の保険契約の後に締結した本件2ないし4の各保険契約が重複保険に該当し、これを通知する義務があることを知っていたが、その通知をしなかったことが認められる。

次に、筒井及び満子は、被告三井海上との間の本件2(一)の保険契約の締結に際し、本件1の保険契約が重複保険に該当し、これを契約上告知する義務があることを知っていたが、その告知をしなかったこと、本件2(一)、(二)の各保険契約の後に締結した本件3、4及び訴外保険契約が重複保険に該当し、これを通知する義務があることを知っていたが、その通知をしなかったことが認められる。

また、筒井及び満子は、被告東京海上との間の本件3の保険契約締結に際し、それ以前の本件1、2の各保険契約の事実が重複保険に該当し、これを契約上告知する義務があることを知っていたが、その告知をしなかったこと、本件3の保険契約の後に締結した本件4の保険契約及び訴外保険契約が重複保険に該当し、これを通知する義務があることを知っていたが、その通知をしなかったことが認められる。

また、筒井及び満子は、被告エイアイユーとの間の本件4の保険契約締結に際し、二社との保険契約の締結の事実は告知したものの、他の一社との保険契約締結が重複保険に該当し、これを契約上告知する義務があることを知っていたが、その告知をしなかったこと、本件4の保険契約の後に締結した訴外保険契約が重複保険に該当し、これを通知する義務があることを知っていたが、その通知をしなかったことが認められる。

四  そこで、被告らの前記解除が解除権の濫用に当たるかどうかについて検討する。

1  本件事故現場の階段の構造等についてみる。

証拠(乙一六、二八、二九、三一、三三、三四、証人吉川泰輔、筒井三郎代表者、満子本人)によれば、次のとおり認められる。

(一)  本件事故現場の全体的状況

(1) 満子は、平成四年七月一日、牛田の木造三階建アパートの三階部分を家賃月額五万三〇〇〇円で賃借した。

(2) 満子が賃借していた三階の部屋へ通じる階段は、アパートの裏側に設置されており、同所はスペースが狭いこともあって、階段は急斜面で、その周囲は鉄骨で骨組みをして、それにスレート小波板を取り付けた簡易な構造であり、ビルの屋外に設置される鉄製の非常用階段と同様のものである。

一階上がり口には、踊り場があり、この場所に上履き用のスリッパが置かれ、入居者らはこれを利用して階段を上り下りすることになっていた。

(3) 一階から二階への階段には片側に手すりが取り付けられている。二階部分には、幅約二メートル、奥行き約0.9メートルの踊り場が設けられ、その周囲にも鉄柵が付いており、さらに二階から三階への階段には両側に手すりが設置され、三階部分には、幅約2.2メートル、奥行き約0.9メートルの踊り場があって、そこから満子の部屋へ通じるドアがある。各階段及び踊り場の床面には防音効果と美観を兼ね合わせて、ビニールクロスが張られている。そのクロスは、ビニール製であるため表面が水に濡れた場合など滑りやすくなる。各ステップの端には、幅三、四センチメートルのプラスチック製滑り止めが取り付けられている。

(二)  階段の構造

(1) 三階踊り場から二階踊り場までの高さは2.9メートルである。階段の傾斜角度は五一度程度であり、階段は一五段から成っており、その長さは3.7メートルである。

そして、正面から階段をみて、一段ごとの幅員は八〇センチメートル、高さは二〇センチメートルであり、階段の踏み板の奥行きは二一センチメートル程度あるが、奥に向かって窪んだ状態にあるため、階段を下りる者の立場に立つと、階段の奥行きは16.7センチメートル程度しかない。靴のサイズより階段の奥行きが短いため、駅の階段など通常存在する階段を下りる姿勢での歩行はできない。

(2) 階段手すりは、幅六センチメートル、高さ三センチメートルの角形鋼が用いられ、踊り場床面と踊り場手すり最高部との高さは八五センチメートルである。

(三)  二階踊り場の構造

(1) 二階踊り場は、幅約二メートル、奥行き約0.9メートルである。一段目の階段からスレート板で構成される外壁までの内法寸法は八五センチメートルである。

(2) 踊り場の外壁側には、床面から高さ八五センチメートルの位置に手すりがあり、横六センチメートル、縦三センチメートルの角形鋼が用いられている。その手すりの下部には合計八本の鋼管製の手すり子パイプが装着されている。

(四)  スレート外壁部の構造

二階踊り場の階段と反対側の外壁スレート小波板は、下段が横方向に三枚、上段が四枚装着されている。踊り場床面から一七〇センチメートル程度の箇所で上段スレートとつなぎ合わされている。一枚のスレート小波板は、長さ一八二センチメートル、幅七二センチメートル、厚さ0.63センチメートル程度のものである。

(五)  スレート波板の破損状況

平成五年二月三日の負傷後、二階踊り場の外壁スレート小波板は、横幅四二センチメートル、縦幅三五ないし四〇センチメートルの穴があき、その周囲には血痕が付着していた。右破損箇所は、正面から見て、階段幅員の右端から約二七センチメートル、左端から二八センチメートルのほぼ真ん中部分である。

(六)  満子の体型

身長は、一四七センチメートル、体重は四二キログラムであった。満子が履いていた靴のサイズは22.5センチメートルであった。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  以上の認定事実及び前記二に認定の満子の負傷の部位、程度をもとに、まず、本件第一事故について検討する。

(一)  満子は、本件第一事故について、本人尋問において、「一二月一五日が母の命日であるため、仏壇のお供え物を買いに近所のスーパーへ行こうと思い、ブラウスの上に黒いチョッキを着て、下はスカートとストッキング、それに中ヒール(幅四、五センチメートル)の靴を履いて、左腕にコートを引っかけ、左手に財布を持って、自室を出た。階段に向かって行こうとしたところ、踊り場で滑って、そのまま後方に転倒し、後頭部を打った。」、「しばらくの間、身動きができず、その場に倒れていたが、何とか自力で立ち上がり、自室に入った。病院へ連れて行ってもらおうと考え、ユー・ディー・アールの店に電話したところ、筒井が電話口に出て、筒井がアパートまで来ることになった。」、「筒井は、アパートは知っているが、入口が入り組んでいるため、分からないのではないかと思い、先程の服装で、財布を左手に持ち、三階から階段を下りようとした。」、「階段左端に設置してあった手すりの最下端部の出っ張りに左足が引っかかり、身体が前のめりになった状態で最上階から一五段下の踊り場まで一気に滑り落ちた。」、「この時、左肩を手すりで打ち、顔面を階段で擦りながら転落した。」と供述している。

(二)  本件第一事故の認定

被告らは、三階の階段から二階踊り場まで転落したとする事故状況と満子の前記傷害とは矛盾しており、本件第一事故は保険金取得目的の偽装事故であり、満子の前記傷害は故意によるものであると主張する。

しかしながら、満子の供述する事故状況と満子の前記傷害との矛盾を裏付ける客観的証拠はなく、その他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。そして、証拠(満子本人)及び前記二に認定の傷害の部位、程度等を総合すると、満子は、階段の最上階から一五段下の二階踊り場まで一気に滑り落ち、その結果、前記二に認定の傷害を負ったものと認めるのが相当である。

3  次に、本件第二事故について検討する。

(一)  満子は、本件第二事故について、本人尋問において次のとおり供述している。

(1) 平成五年二月三日午前九時過ぎころ、着替えとさらしを取りに、自宅へ帰ろうと思い、病院を出て、途中、行きつけの喫茶店に立ち寄り、同店で筒井と会い、二〇分くらい同人と話をした。筒井が一人では危ないからと言って、一緒にアパートまで付いてきてくれた。

(2) 筒井と一緒にアパートまで帰って、三階の自室の前まで来て、一階の大家さんにお茶をもらうため、コートを着たまま、階段を下りた。

(3) 右手ですそを持って、左手で左側の手すりを持って、手すりの方向に向いて斜めになって降りた。交互に足を出して、用心しながら一段ずつゆっくり下りた。下から三、四段目のところで立ち止まった。ポケットがかさかさいうので、どういうわけかそこで止まった。立ち止まってコートのポケットに両手を入れて、ポケットの中を探っていたときに、両足のヒールが滑り止め(階段の縁取りのレール)に引っかかった。その時の体勢は、足を揃えて真っ正面を向いていた。下りようとしたが、足が抜けないので、慌てて手を出そうと思ったが、身体がぐらぐらして、その後はよく覚えていない。突っ込んだ時の様子は、なんか頭が出なくてきついので、顔を横に振っていたように思う。

(二)  工学的立場からの検討

成立に争いのない乙第三三号証は、本件第二事故に関して、満子が述べるような転倒、落下の態様によって建造物の一部が破壊され、頭及び顔面部などに重篤な外傷が生じるか否かなどの事項について、被告ら代理人の依頼によって工学的立場から鑑定した吉川泰輔の鑑定書であるが、証拠(乙三三、証人吉川泰輔)によれば、次のとおり認められる。

(1) 工学鑑定の結果、満子が主張、証言するような態様では、本件階段の三段目もしくは四段目から前方へ飛ぶような運動は起こらないとの見解が述べられている。

すなわち、満子は、「手すりを左手で掴んで、ゆっくりと斜め向きになって下りていたが、下から三、四段目のとき立ち止まり、そして、体勢がスレート外壁に正面に向いたとき、靴の踵が滑り止めのレールに引っかかって、身体が揺動したため、前に飛ぶような形でぶつかり、スレートの中に頭ごと突っ込んでしまった。」としている。

しかしながら、右揺動を通常の歩行速度の時速四キロメートルとして満子の重心の運動の解析を試みたところ、満子が前方に向かって飛び出すことはあり得ず、重心の運動は階段に沿って落下していくものであった。

満子が三段目にいて、同人の重心の運動に伴って頭部がスレート小波板に到達するに足りる初速度は、時速9.9キロメートル程度が必要であるが、同人の供述ではこのような初速度を得ることは考えられない。四段目にいた場合には、同人の証言との乖離はさらに大きくなる。

そして、この初速度でスレート板に当たったとしても、同板が割損をみることはあり得ない。満子がスレート小波板を割るには、みずから助走をつけるような状態で前方に向かって飛び出すか、背部から外力を受ける必要がある。

(2) また、満子の主張、証言には、工学的に次のような矛盾が存在すると指摘している。

まず、二階の階段の下から三、四段目で立ち止まり、コートの両ポケットに両手を入れ、左斜め向きから足を揃えて正面に向きを変えたというが、正面を向いた場合、靴の底部が階段からはみ出す状態になり、前のめり状態を強く招来させることになる。平素から階段の昇り降りには十分気をつけていたとする満子が、あと三、四段で踊り場に到達するという位置で、このような極めて危険な状態を招く挙動をとったとは考えられない。

次に、満子は、左側の手すりを持って下りていたのであるから、その側に位置していたとすれば、その位置と破損したスレート小波板を結ぶラインは、外壁に直角ではなく、一〇度ないし一五度程度の右方向に傾斜している。ところが、他方、満子は、「外壁に向かって真っ正面に向いて、スレート小波板に突っ込んだ。」と言うが、そういう恰好の場合、破損箇所からみて、階段の中央にいなければならなかった。

また、一般に階段から前のめりに転倒、落下する際には、片足を前に出して防御しようとするはずである。したがって、その場合、下脚に外傷や過捻転による怪我を負うことになるが、満子は、脚部、胸部など下半身には外傷を負っていない。

(三)  満子の供述の変遷

(1) 満子は、満子作成の平成五年四月一日付け事故状況確認書では、高さ四センチメートルのハイヒールを履いていたと述べ、その後の満子の本人尋問では、「一センチメートルぐらいのヒールであった。」と述べている。

(2) 前記確認書では、「階段を下りている途中、満子の着ていてオーバーコートのポケットからごそごそという音がするので、何が入っているのかと両手をポケットに入れて階段を下りていた際、丁度、二階踊り場の下から四段目まで来たとき、履いていて左ヒールのかかと部分が階段に設置されていた滑り止めのところに引っかかり、転落した。」というが、本人尋問では、前記のとおり「左手で手すりを持ち、ゆっくりと下り、三、四段目に来たとき立ち止まった。そして、ポケットの中でかさかさという音がするので、ポケットに両手を入れて探っていたときに、両足のヒールが滑り止めに引っかかって転落した。」と述べている。

(3) 満子は、筒井と喫茶店を出てアパートへ帰ったが、前記事故状況確認書(乙三〇)では、部屋に入った後、大家からお茶をもらうため部屋を出て、階段を下りたと述べ、本人尋問における主尋問でも、いったん部屋に入ったと同様の供述をしているが、その反対尋問では、満子は、「筒井は部屋に入ったが、自分は、部屋に入らずに、大家にお茶をもらいに行くため、そのまま階段を下りた。」と述べている。

(4) 以上のとおり、満子の供述は、変遷しており、あいまいなところがある。

(四)  第三者の供述との対比

(1) 満子は、アパートの三階の部屋の前まで帰った後、大家の己之口文子(以下「己之口」という。)にお茶をもらうため階段を下りていったが、その点について、「大家さんが、帰ったらお茶を取りに下りなさいといつも言ってくれる。その日は、大家さんが忙しそうだったから、私自身が取りに下りていった。」と供述する。しかしながら、己之口は、証人尋問において、満子にお茶を取りに下りて来るよういつも言っていた事実はない旨の供述をしている。

(2) 満子は、転落の状況を前記のとおり供述する。他方、証拠(証人谷本浩)によれば、満子が賃借しているアパートの隣でお好み焼きの店を経営している谷本浩は、本件第二事故当日は店に居て、満子が負傷した直後、満子が転倒している踊り場までかけつけたことが認められるが、同人は、「店に居たとき、ドン、ドンという音を連続して何回か聞いた。一回、二回ではない。」、「階段を急いで下りる時の音ではない。」、「工事の音でもない。」と供述している。

(3) 満子は、本件第二事故の当日、前記のとおり午前九時過ぎころ、着替え等を取りに自宅に帰ろうとして、病院を出て、途中喫茶店に立ち寄った旨供述しているが、己之口は、その証人尋問において、当日の午前八時半ころ、満子がアパートから出て来たときに顔を合わせたので、一階の美容室でお茶を差し上げたなどと供述している。

(五)  以上によれば、満子の本件第二事故の状況に関する供述は、信用し難いといわなければならない。

4  以上検討したところに前記三の4に認定の本件各保険契約の締結の経緯等の事情を併せ考慮すると、被告らの前記解除は解除権の濫用とならないというべきである。

五  そうすると、被告住友海上は、本件1の保険契約の解除が通知義務違反を理由とするものであるところ、前記認定事実によれば、重複保険契約の事実が発生したのは、本件2ないし4の各保険契約の締結日である平成四年一二月二八日ないし平成五年一月一三日であることが認められるから、約款第一八条四項によりそれ以降に生じた本件第二事故による傷害に対しては保険金の支払い義務はないが、それ以前の本件第一事故による傷害に対しては保険金を支払う義務があるというべきである。

そこで、右保険金について検討するに、前記二の認定事実によれば、本件第一事故による傷害のため平成四年一二月一四日から平成五年二月三日まで入院したものと認めるのが相当であり、入院保険金として、右入院日数合計五二日に入院保険金日額一万五〇〇〇円を乗じた金額七八万円を支払う義務がある。

そして、証拠(乙三、五)によれば、本件1の保険契約には法人特約があり、その法人契約特約条項によれば、保険者は、この特約により、約款第七条(入院保険金等の支払い)の規定にかかわらず、普通約款及びこれに付帯する特約条項に基づいて支払われる入院保険金等についても、死亡保険金受取人に支払う旨が定められていることが認められる。したがって、被告住友海上は、前記保険金を死亡保険金受取人である原告筒井精器に支払う義務があり、満子に支払う義務はないものというべきである。

次に、被告三井海上は、本件2(一)の保険契約について約款第一〇条四項及び第一八条四項、本件2(二)の保険契約について約款第一八条四項により、被告東京海上は、本件3の保険契約について約款第一〇条四項及び第一八条四項により、被告エイアイユーは、本件4の保険契約について約款第一〇条四項及び第一八条四項により、原告ら主張の保険金を支払う義務はないものというべきである。

六  以上の次第で、原告筒井精器の被告住友海上に対する請求は、七八万円及びこれに対する平成五年四月二六日から支払い済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、原告面田昌子の被告らに対する請求、原告筒井精器の被告東京海上に対する請求及び原告ユー・ディー・アールの被告エイアイユーに対する請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官池田克俊)

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